一週間過ぎた今も犠牲者が増え続ける
令和6年(2024年)1月1日、日本中が新年を迎えた日の16時過ぎ、能登半島で大規模な地震が発生しました。この地震は、能登半島の先端部分にある能登半島断層帯が活動したことによるもので、地震の規模はM7.3、震度7と推定されています。能登半島は、日本海側の地殻変動やプレートの沈み込みによって形成された地域で、地震や火山活動の影響を受けやすいとされています。
この地震によって、能登半島の各地で大きな被害が出ました。死者は20人、負傷者は300人以上に上り、建物の倒壊や道路の寸断、停電や断水などのライフラインの損傷などが報告されています。特に、観光地としても人気のある和倉温泉や輪島市などでは、情報が途絶え、孤立する集落が多く見られました。政府や地方行政、気象庁、マスコミなどは、速やかな対応と情報提供を行うとともに、救助や復旧のための支援を行っています。一週間が過ぎた今も、犠牲者が増え続ける状況です。
巨大地震 衝撃的な出来事にすくむ
北側の海岸線に沿った活断層の隆起
この地震は、能登半島北側の海岸近くにある活断層が150㎞にわたって隆起する形で動き、北側陸地が海岸線に沿って広がっているのが確認されています。地震の規模はM7.3、震度7と推定されています。
この地震によって、能登半島の各地で大きな被害が出ました。半島を取り巻く海岸線道路が山の崩落し各地で寸断され、多くの村や民家が孤立しています。救援するにも道路の寸断が無数にあって、巨大な崩落地の復旧が困難になっています。山を越えての道路も各地で寸断され、さらに困難を極めています。
元旦という日は、行政も事業者も年末年始の休日期になり、緊急体制に大きな弊害となったと感じました。地震という災害は、全く予測不可能で起こる自然災害で不運が重なってしまいました。新型コロナが明け、非常事態宣言が解除されてから4年ぶりの自由が約束されたときに、帰省や観光に能登半島に赴いているときの巨大地震に大きな衝撃となりました。
海岸線の活断層150㎞に及ぶ地殻変動の影響
令和6年(2024年)1月1日の16時過ぎ、能登半島で震度7の巨大地震が発生しました。国土地理院のデータによると、震源地は能登半島の先端部分で、地殻が北西に70㎝~1.2mずれ動き、3m隆起しました。この地殻変動によって、地震発生から5分後に津波が発生し、沿岸部では家屋の倒壊、道路の亀裂、山間部の崩落などの甚大な被害が起こりました。特に輪島市では、朝市周辺で大規模な火災が発生し、多くの犠牲者が出ました。輪島地方は数年間、群発地震に見舞われており、地震の危険度が高まっていたと考えられます。地震の予兆となった震度5強の地震で損傷を受けた家屋も多く、耐震化率が50%程度と低かったことも、家屋の崩壊や人的被害の拡大につながりました。
首都直下、南海トラフ地震の備え
能登半島沿岸沿い 活断層の教訓
日本列島の典型的な海岸沿いに突き出す山岳地帯に添うように走る基幹道路が、震源直下の能登半島を囲むようにつながっています。沿岸沿いに発生した直下型活断層によって道路が波打って損傷し、削り取った山間が滑り落ち道路を封鎖、住宅地へ土砂とともに滑り落ち災害を大きくしました。海岸線の直下により津波が最大5mの高さで5分後に襲ったことが記録されました。逃げる時間的余裕のない状況が後にわかってきました。日本列島は常に地震災害の恐怖の中にあり、阪神・淡路大震災、東日本大震災の巨大地震を経験した日本は、40年以内に起こると予測されている南海トラフ、首都直下巨大地震の恐怖の備えが必要であると再々言われています。