大阪駅西側に地下駅開業
移転先 吹田操作場の区画整備
移転先 百済貨物ターミナル駅
大阪衰退 維新政党発足2008
橋下徹 知事に就任
東京一極集中で「衰退する大阪を立て直す」と宣言して知事選に立候補信任を得て初当選
38歳の茶髪の弁護士が自民を離党して発足した維新政党に担がれ出馬平成不況で厳しい財政再建と大阪復活を掲げて奔走、梅田貨物移転問題が佳境にありました。4年後、対立する大阪市との府・市一体を掲げて大阪市長に鞍替えして当選、維新政治の象徴的な場所「うめきた開発」が議論加速。
鉄道貨物輸送の吹田操作場の歴史
西日本最大の一等地うめきたの歴史は西日本最大の貨物輸送拠点吹田操作場の歴史があります。
- 明治9年 大阪・京都間官営鉄道開設
- 大正12年 吹田操作場の操業開始
- 昭和59年 吹田操車場廃止・信号場に
- 昭和62年 国鉄分割・民営化国鉄事業団梅田貨物駅を吹田操作場跡地へ全面移転
- 平成9年 国鉄清算事業団から梅田貨物駅の機能の1/2の移転・環境対策申入れ
- 平成11年~14年 梅田貨物駅の吹田操作場への移転計画 基本協定書締結・吹田操作場の跡地利用の策定・住民説明会
- 平成15年 日本鉄道建設公団が解散→独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構に承継される
- 平成16年 梅田貨物駅に残る約半分の機能を大阪市内「百済駅」改修し移転計画
- 平成17年 吹田貨物ターミナル評価書策定、吹田市の意見書提出 18年住民投票
- 平成20年 吹田操作場跡地まちづくり策定 平成不況の真っただ中、賛成・反対が渦巻く中で決着、吹田操作場移転着工
- 平成20年 吹田操作場着工と併用して梅田貨物場の整備計画スタート、吹田の跡地まちづくり計画も始動
2025大阪・関西万博 開催
衰退の一途を辿った大阪復活に大阪経済の発展があります。平成不況の中で「関西国際空港」は閑古鳥が鳴く状態、大阪経済・財政のひっ迫が続き、新たな希望を見出さずにいました。
大阪府の力よりも強い大阪市との「府・市対立」が焦点となる中、敗北続きの誘致に2025大阪・関西万博誘致決定が大きな追い風となっています。観光立国日本のアジアの玄関国際空港「関空」が世界の窓口となっています。
アジアへの展開拠点の地 大阪地下駅
大阪の復活を象徴する大阪うめきた開発
うめきた開発には壮大な計画と苦難の歴史が積み重なって漸く大阪の都心の玄関として動き出しています。10年前にグランフロント大阪が第一期工事が完成し新たな商業施設が生まれ、大阪・京都・神戸・滋賀などから直接大阪都心への人の往来が活発になりました。うめきた地下駅の開業で和歌山・奈良ともつながり、関西国際空港とも時間短縮し直接大阪駅から乗車できます。新大阪駅との距離と利便性が大きく変わることになります。